大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)254号 判決

原告 積水化学工業株式会社

右代表者代表取締役 廣田馨

右訴訟代理人弁理士 大西浩

被告 特許庁長官 黒田明雄

右指定代理人 白浜国雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた判決

一  原告

1  特許庁が、昭和五六年審判第二五〇八四号事件について、昭和六一年八月一四日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五三年一月二六日、「LA-DYBIRD」の欧文字を横書きしてなる別紙第一目録記載のとおりの商標(以下、「本願商標」という。)につき、指定商品を第一類「化学品(他の類に属するものを除く)、薬剤、医療補助品」とし、登録第四七三九九九号、同第五一二九九六号、同第八〇五八九五号各商標と連合する商標として、商標登録出願をした(同年商標登録願第四一二一号)が、昭和五六年一一月二〇日に拒絶査定を受けたので、同年一二月一六日、これに対し審判の請求をした。特許庁は、同請求を同年審判第二五〇八四号事件として審理した上、昭和六一年八月一四日、「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年九月八日、原告に送達された。

二  審決の理由の要点

1  本願商標の構成、指定商品及び出願の経緯は、前項に記載されたとおりである。

2  本願願書に連合商標として表示されている登録第四七三九九九号、同第五一二九九六号、同第八〇五八九五号各商標(以下、「引用各商標」という。)は、次のとおりである。

(一) 登録第四七三九九九号商標

(1) 出願日 昭和二九年一〇月三〇日

(2) 登録日 昭和三〇年一二月六日

(3) 更新登録日 昭和五一年四月八日、昭和六一年四月一六日

(4) 指定商品 旧第一六類「合成樹脂の管、スポンヂ、フイルム、シート、其他他類に属せざる合成樹脂の軟質製品」

(5) 構成 別紙第二目録(1)のとおり

(二) 登録第五一二九九六号商標

(1) 出願日 昭和三二年三月一日

(2) 登録日 昭和三三年一月三〇日

(3) 更新登録日 昭和五三年二月九日

(4) 指定商品 旧第一六類「護謨、エボナイト、ガタペルチャ、ラバーサブスチチュート及び他類に属しないその軟質製品」

(5) 構成 別紙第二目録(2)のとおり

(三) 登録第八〇五八九五号商標

(1) 出願日 昭和四一年七月五日

(2) 登録日 昭和四四年一月二七日(昭和六一年六月二日登録の回復)

(3) 更新登録日 昭和五四年四月五日

(4) 指定商品 第一類「化学品(他の類に属するものを除く)、薬剤、医療補助品」

(5) 構成 別紙第二目録(3)のとおり

3  よって按ずるに、本願商標を構成する「LADYBIRD」の文字は、辞書を播けば「てんとう虫」の語義を有する英語であることは認められる。しかしながら、「LADYBIRD」は、わが国における英語の普及程度よりして、該文字を見又は称呼して、この語の持つ意味がてんとう虫であることを直ちに思い浮べるほど日常親しまれて使用されているものとはいい難い。そうとすれば、本願商標がその指定商品に使用された場合、これに接する取引者、需要者は特定の意味を理解し難い語を表示してなるものと把握するに止まり、てんとう虫の図形よりなるか又はてんとう虫の図形を顕著に有することから「てんとう虫」の意味を容易に理解される引用各商標とは同一の出所にかかる商品であると認識されるものとはいいえないものである。したがって、両者は観念において相紛れるおそれのないものと判断するのが相当である。

また、本願商標は「LADYBIRD」の文字に相応して「レディバード」の称呼を生じるのに対し、引用各商標は「てんとう虫の図形」より「テントウムシ」の称呼を生ずるものであるから、両者は称呼上において明らかな差異を有するばかりでなく、外観上の点においても互いに相紛れるおそれのないものである。

してみれば、本願商標と引用各商標は、外観、称呼、観念のいずれよりみても非類似の商標であるから、結局、本願商標は、商標法七条三項に該当し、これを登録することができない。

4  なお、請求人(原告)は、種々の既登録例を挙げ、本願商標は連合商標として登録されるべきものであると主張し証拠を提示しているけれども、本件に関しては前記のとおり判断するのが妥当と認められるので、その主張は採用することができない。

三  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点1、2は認める。同3、4は争う。

審決は、本願商標より「てんとう虫」の観念は生じないとし、引用各商標との類似性を否定しているが誤りであり、審決は違法として取消を免れない。

1  本願商標の構成は、前記のとおり、「LADYBIRD」の欧文字を横書きしてなるものであるが、この「LADYBIRD」という語は「てんとう虫」の英語名として、ごく普通の英和辞典、和英辞典に登載されているのみならず、中学生用、高校生用の英和辞典にも登載されているものであり、英語の相当程度普及しているわが国において、「てんとう虫」を意味するものとして理解され、認識されている。

2  このことを端的に示すものとして次の事実がある。すなわち、原告においては、昭和三〇年に「てんとう虫」のマークをその取扱いに係る日用品関係の商品の商標として採用して以来、これを今日に至るまで盛大に使用し、現在において「てんとう虫」のマークは原告の取扱いに係る商品の著名商標と認識されるに至っているが、この「てんとう虫」の英語名である「LADYBIRD」又は「Lady bird」の文字からなる商標についても、「てんとう虫」又は「てんとう虫」の図形又は文字からなる商標との連合商標として、昭和四七年以降、第一ないし第三類、第五ないし第七類、第九、第一〇類、第一二ないし第一四類、第一八ないし第二五類、第二七類、第三二ないし第三四類の二三に及ぶ商品区分に出願し、第一、第一二、第一三類を除く二〇の商品区分において連合商標登録を得ている。なお、拒絶査定を受けた右第一二類の出願は、「レディバード」の文字からなる他人の有する登録第九六八四六六号商標を引用して拒絶されたものであり、第一類の出願は本願であり、第一三類の出願は本願と同じく商標法七条三項に違反するとして拒絶査定がされ、現在査定不服の審判請求中である。

また、原告においては、「LADYBIRD」又は「レディバード」の文字からなる商標についての他人からの出願に対して、原告の有する「てんとう虫」(文字、図形)商標権と抵触する限りにおいて登録異議の申立てをしているが、第一五、第二二、第二九、第三〇、第三二の各類において、両者は観念上又は称呼上類似するものと判断されている。

さらにまた、原告が出願した「てんとう虫」(文字、図形)商標につき、第五、第九、第一〇、第二三、第三二の各類の審査において、他人の有する「LADYBIRD」又は「レディバード」の文字からなる商標を引用してその登録を拒絶され、あるいは原告の有する「LADYBIRD」の既登録商標と類似するから、これを連合商標登録出願に変更しない限り、その登録は認められないとの判断が示されている。

右事実によれば、現行三四の商品区分中二三の商品区分(全体の六七・六%)において、「LADYBIRD」又は「レディバードの文字からなる商標は「てんとう虫」の文字又は図形からなる商標と観念上又は称呼上類似すると認定されているのであり、また、右の認定をした審査官は三二人(延五一人に)上るのであって、一般大衆の代表者として商標の登録性を審査する多数の審査官は、「LADYBIRD」は「てんとう虫」の意を表わすものと理解し認識していることが明らかである。

3  原告においては、原告の有する「てんとう虫」の文字又は図形からなる商標権に基づき、「LADYBIRD」の商標を使用する者に対して警告を発し、その使用を中止させており、そのうちには、株式会社松尾商店の例のように警告を契機として商標使用許諾契約が締結されたものがある。また、「LADYBIRD」又は「レディバード」の商標の使用を希望する者から、原告が商標権を有する「てんとう虫」の図形又は文字からなる商標につき使用許諾の申込を受けている。

のみならず、原告が「てんとう虫」の文字又は図形からなる商標との連合商標として前記のとおり二〇の商品区分にわたり登録を受けている「LADYBIRD」商標につき、第三者から無効審判の請求を受けたことはない。

これらの事実からみても、「LADYBI-RD」又は「レディバード」は「てんとう虫」の英語名であり、これから「てんとう虫」の観念が生じるとの社会的認識がすでに形成されているというべきである。

4  以上のとおりであるから、本願商標と引用各商標との観念上の類似性を否定した審決の判断は誤りであるといわなければならない。

第三請求の原因に対する認否反論

一  請求の原因一、二の事実は認める。同三の主張は争う。

二  商標法上、商標の観念の類否について判断する場合は、対比される商標自体がもつ意味を考察するばかりでなく、当該両商標を見又は称呼することによって、その商標を付した商品の取引者、需要者が直ちにその意味を想起しうる程度に親しまれ、知られているかどうかをも考察しなければならない。

そこで、本願商標をみるに、「LADY-BIRD」の欧文字が「てんとう虫」を表わす英語であるとしても、これを例えば「モンキー」と「猿」、「ドッグ」と「犬」、「蝶」と「バタフライ」などの関連と同列に判断しえないことはいうまでもないところであって、わが国における英語の普及程度よりして「LADYBIRD」の文字から「てんとう虫」の意味を、また逆に、「てんとう虫」の語から英語の「LADYBIRD」を直ちに想起しうるほどこの語が日常親しまれて使用されているものとは認めることができない。

「LADYBIRD」の文字が「てんとう虫」の英語名として、また、「てんとう虫」の語が、英語で「LADYBIRD」と表示されることが、原告主張の各種の英和、和英辞典に掲載されていることは認めるが、もともと、これらの辞典は、主として英語を学習する者の補助として、有効に活用される目的のもとに、広範な分野の言葉、用語等を集めて説明し編さんされているものであって、必ずしも、日常生活において使用頻度の高い語彙のみを集めたものとはいいえないものである。してみれば、右の語が前記辞典に掲載されている事実だけによっては、右の語から直ちに「てんとう虫」又は「LADYBIRD」の意味を想起しうるほど、これが日常生活に浸透し親しく使用されているということを示すものとはいえない。

これに対し、「現代用語の基礎知識」は、一般新聞・雑誌や我々の日常生活の中で使用頻度が比較的高いと思われる用語と、そうではなくても良識として心得ておくべき重要な用語を編集方針として収録しているものであり、「イミダス」は、あらゆる分野の最新情報を集積し、広く一般の人々に提供することを目的としているものであり、「コンサイス外来語辞典」及び「日本語になった外国語辞典」は、外国語であっても今や日本語同様に定着し、かつ、日常生活において広く使用されている言葉(外来語)を集めているものであるが、これらの用語集や辞典に「LADYBI-RD」又は「レディバード」の語は掲載されていない。このことからすれば、右の語が現在日常親しまれ、使用されている語であるとはいえないことが明らかである。

原告は、過去の審査例、登録例を挙げて審決の判断が誤りであると主張する。原告主張の審査例、登録例があることは認めるが、商標の類否は、指定商品に関する取引の実情に則して個別的に決せられるべきものであって、過去の取扱い事例が必ずしもそのまま現在の基準とはなりえないし、過去の審査例、登録例の存する一事をもって、本件における両商標を類似とする根拠とはなりえない。

原告は、また、自己の有する登録商標についての侵害警告事件や使用権許諾等の事例をもって、本件における両商標が観念上類似する旨主張するが、これは原告の商標管理上の事情を述べたにすぎないものであって、審決の判断とは、何らかかわりのないことである。

したがって、原告の主張は理由がなく、審決に違法の点はない。

第四証拠《省略》

理由

一  請求の原因一、二の事実及び本願願書に連合商標として表示されている引用各商標の登録番号、出願日、登録日、更新登録日、指定商品、構成が審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

二  そこで、原告主張の審決取消事由について検討する。

1  そもそも、英語を含め外国語の語句を表示してなる商標又は当該外国語語句の発音を日本語で表記してなる商標と、当該外国語語句の意味するところを日本語の文字又は図形で表示してなる商標との類否を検討する場合に、両者が観念において類似するとすることができるのは、商標の出所表示機能に鑑み、当該商標が使用されるべき商品の取引者のみならず、その最終需要者にまで、当該外国語語句の表示又は称呼によって、その意味するところが直ちに理解できる程度に当該外国語語句がわが国において普及していなければならないというべきである。

これを本願商標についてみると、本願商標は、その指定商品を前記のとおり第一類「化学品(他の類に属するものを除く)薬剤、医療補助品」とするものであり、医療補助品のうちには、ガーゼ、脱脂綿、ほう帯、ばんそこうその他の商標法施行規則別表の第一類医療補助品の項が示すとおり一般の薬局や雑貨店で販売されている商品が含まれているのであるから、本願商標の使用される商品の最終需要者は一般公衆と認められるところ、わが国の英語の普及度からみて、「LADYBIRD」の語は、わが国の一般公衆がその表示又は称呼によってその意味するところを「てんとう虫」であると直ちに理解できる程度にわが国において普及していると認めることはできない。

2  原告は、「LADYBIRD」の語が「てんとう虫」の英語名として、中学生用、高校生用の英和辞典を含めごく普通の英和辞典、和英辞典に登載されていることをもって、「LADYBIRD」の語が「てんとう虫」を意味する英語としてわが国において理解され認識されていることの証左とする。

しかしながら、これらの英和、和英辞典類が、その対象とする利用者の英語理解力の程度に応じて、英語を日本語に、もしくは日本語を英語に表現するために必要かつ十分と思われる範囲の語句を選択収集して、その語意を日本語もしくは英語で明らかにすることを目的として編纂されていることは自明であり、これらの辞典類に登載されている語句のすべてが、わが国の一般公衆にとって、その語句が英語で表示され又は称呼された場合にその語意を直ちに理解認識できるものでないことは明らかである。成立に争いのない甲第五号証により認められるとおり、特に英語の初学者用に編纂された中学生用の英和辞典においても、例えば、「日本で行われていない数少ないスポーツの一つである。」と注記されている「lacrosse」のように、わが国国民の大多数にとってその語意が想起できない語が収録されているのである。したがって、これらの辞典類に「LADYBIRD」の語が登載されていることをもって、この語が、わが国において、「てんとう虫」を意味する英語として理解され認識されていることの証左とすることはできない。

3  請求の原因三2で原告の主張する審査例、登録例があることは、当事者間に争いがない。また、同3で原告の主張する警告及び使用許諾の例があること及び原告主張の連合商標登録を受けている「LADY-BIRD」商標につき第三者から無効審判の請求を受けたことのない事実は、被告の明らかに争わないところであるから自白したものとみなされる。

右の事実を総合すると、原告が連合商標登録を受けている二〇の商品区分に属する商品にかかわる取引者においては、「LA-DYBIRD」又は「レディバード」の文字からなる商標と「てんとう虫」又は「てんとう虫」の文字又は図形からなる商標が類似する商標として連合商標登録の要件に欠けるところはないと理解し認識していると認められなくはない。しかしながら、右二〇の商品区分に属する商品が一般公衆を最終需要者とする商品を多数含むことは商標法施行規則別表の定めるところに照らし明らかであるところ、最終需要者である一般公衆が商標登録の無効審判を請求するのに必要な利害関係を有することは通常あり得ないので、前叙の事実から最終需要者である一般公衆にまで右の認識が定着していると推認することはできないし、原告自身、右の認識を一般公衆に形成させるよう企業努力をした形跡は本件証拠上これを認めることができない。他に右の認識が一般公衆に定着していることを認めるに足りる証拠はない。

4  以上のとおり、「LADYBIRD」の語は、わが国の一般公衆がその表示又は称呼によってその意味するところを「てんとう虫」であると直ちに理解できる程度にわが国において普及していると認めることができないから、本願商標と引用各商標とは、審決の述べるとおり観念において相違し、また、称呼、外観上別異のものであることが明らかであるから、右両商標は類似の商標と認めることはできないといわなければならない。

そうとすれば、本願商標が商標法七条三項により連合商標の商標登録を受けることができないとした審決の判断は正当であり、審決に違法の点は存しない。

三  よって、原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 瀧川叡一 裁判官 牧野利秋 清野寛甫)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例